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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7901号 判決

原告 山田商事株式会社

被告 桜井道夫 外一名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告らは原告に対し別紙目録記載の物件を明渡し、かつ各自昭和三十年九月九日から右明渡ずみまで一カ月金一万六千五百円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、別紙目録記載の建物は原告の所有であるところ、被告らは昭和三十年九月九日以前から原告に対抗すべき正権原なくこれを占有して原告の所有権を侵害し、その相当賃料額たる一カ月金一万六千五百円相当の損害を原告に与えている、仮りに被告桜井が被告ら主張のように訴外草野稲穂から右建物についての賃借権を譲受け原告においてこれを承諾し、原告と被告桜井との間に賃貸借関係が成立するにいたつたとしても昭和三十一年五月ごろ原告は被告桜井との間でこれを合意解除し、同被告は原告が被告に立退料として金二十万円を支払うと同時に退去明渡すことを約した、そして原告はそのごろ同被告に対して右金二十万円を提供したから同被告は右約旨にもとずき明渡の義務がある、被告会社が原告に対抗し得べき正権原を有しないことは前同様である、よつてここに被告らに対し右建物の明渡及び各自昭和三十年九月九日から右明渡ずみまで一カ月金一万六千五百円の割合による損害金の支払を求めると述べ、被告らの主張に対し原告が訴外草野稲穂に対し本件建物を被告ら主張のように賃貸したことは認めるが草野が右賃借権を被告会社に譲渡しこれを原告が承諾したこと、原告が被告会社から賃料の支払を受けたことは否認する、もつとも昭和二十四年ごろ草野から原告に対し草野自身が取締役会長である株式会社中央亭を設立し右物件を同会社経営の飲食店として使用したいとの申入があつたので、原告は右申入を承諾した、ところが後日になり草野は昭和二十五年十一月二十八日ごろ被告桜井に対し右賃借権を譲渡し、被告桜井らが被告株式会社中央亭を設立して被告会社が右物件を占有使用しているもので草野はなんら取締役会長でないことが判明した。しかし原告が株式会社中央亭なるものに対し前記物件の使用を認めたのは賃借人である草野が取締役会長であるから賃借人に同一性あるものとの考えによるものであり、同人が取締役会長でない会社に使用させたり賃借権を譲渡したり転貸したりすることを承認したことはないのである、仮りに被告らの占有に対し被告の承認があつたとしても、その承認は賃借人の同一性という要素に錯誤のある意思表示であるから無効であり、仮りに無効でないとしても右は草野の詐欺による意思表示であるからこれを取り消すと述べ、立証として証人草野稲穂、同榊原滋秧、同永井尚之の各証言及び原告代表者及び被告桜井道夫本人各尋問の結果を援用し、乙第一、第二号証、第十一ないし第十五号証の各成立は認める、その余の乙号各証の成立は知らないと述べた。

被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として別紙目録記載の建物が原告の所有であること、被告会社が現にこれを占有していることは認めるがその余の事実は否認する、被告桜井は後記のとおり被告株式会社中央亭の設立と同時にその占有を被告会社に引渡しているので現に本件建物を占有してはいないと述べ、抗弁として原告は昭和二十三年十月三十一日訴外草野稲穂に対して本件建物を賃料一カ月金二千円毎月二十八日払の約で期間の定めなく賃貸したところ、右草野は昭和二十五年十一月二十八日被告桜井との間で右賃借権を譲渡すべく、被告会社設立の上は譲受人をこれに変更し得る旨契約し、被告桜井はいつたん右賃借権を譲受け建物の引渡を受けたが、次いで同年十二月十二日被告会社設立とともに被告会社において右譲受人の地位を承継し賃借権の譲渡を受けかつ建物の引渡を受けたものであり、原告はそのころこの一連の草野から被告桜井を経て被告会社に対する賃借権の譲渡につき承諾をしたものである、仮りに明示の承諾がなかつたとしても被告会社はその設立以来その名前で飲食店を営んで来たもので当初から会社名義の振出小切手で直接原告に賃料を支払い、はじめは中央亭の名称でレストランを営み、途中セーラー・クラブの名称で外人専用キヤバレーに変更したが、その間本訴提起の直前までなんら原告から異議の述ベられたことがないのであつて、ひつきよう原告は黙示の承諾をしたものである、原告の承諾が要素に錯誤あること、草野の詐欺によることは否認すると述べ、立証として乙第一ないし第十六号証を提出し、証人草野稲穂の証言並びに被告桜井道夫本人及び被告会社代表者各尋問の結果を援用した。

理由

別紙目録記載の建物が原告の所有であること、被告会社が現にこれを使用して占有していることは当事者間に争ない。原告は被告桜井もまたこれを占有していると主張するけれども、この点についての証人榊原滋秧の証言によつてはまだこれを認めるに十分でなく、その他にこれを認めるべき的確な証拠はない。被告桜井の本件建物についての関係は後記認定のとおりであつて、同被告は現に独立して本件建物を占有するものではないと認められるから同被告が現にこれを占有していることを前提として所有権にもとずきこれが明渡及び損害金の支払を求める原告の請求はすでにこの点で失当である。

よつて被告会社の正権原の有無について検討する。原告が本件建物を昭和二十三年十月三十一日訴外草野稲穂に賃料一カ月金二千円毎月二十八日払の約で期間の定めなく賃貸したことは当事者間に争なく、証人草野稲穂の証言により真正に成立したものと認めるべき乙第三、第四号証、成立に争ない乙第十一ないし第十五号証被告会社代表者尋問の結果により成立を認めるべき同第十六号証の各記載、証人草野稲穂同榊原滋秧(但し後記信用しない部分を除く)の各証言、原告会社代表者、被告桜井道夫本人及び被告会社代表者各尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次の事実を認めることができる。すなわち草野稲穂が原告から本件建物を賃借した後昭和二十五年十一月ごろ被告桜井は被告会社を設立した上本件建物を使用して料理店を経営しようとし、右草野との間で同人の賃借権を譲受けることとし、被告会社設立の上は右譲受人の地位をこれに引き継ぐべきことと定めて草野から賃借権の譲渡を受け、かつ建物の引渡を受けたが、間もなく同年十二月十二日被告会社が設立され被告桜井はその代表取締役に就任したので、右草野との間で被告会社を譲受人とし、賃借権は結局被告会社に譲渡され、そのころ被告会社はその引渡を受けて同所で中央亭なる名称のレストランを開業するにいたつた。そしてそのころ草野のあつせんによつて原告は右賃借権が草野から被告桜井を経て被告会社に譲渡されたことについて承諾し、爾来被告会社は直接原告に対してその振出の小切手等で賃料の支払をし、原告はこれを受領し、その後賃料は値上げされてその最後は一カ月金一万六千五百円となり、その間昭和二十七年には桜井は被告会社代表取締役を辞し中島文吾(現代表者)がこれに代つたという次第である。証人榊原滋秧の証言中右認定に反する部分は採用しない。原告は右の承諾はその要素に鎖誤があつて無効であると主張する。なるほど前記証人草野稲穂の証言によれば草野は右賃借権譲渡にさいし原告の承諾をとりつけるため原告代表者に対しては被告会社は自分草野が取締役会長としてめんどうをみている会社である旨を申向けたことをうかがい得るところ、草野が被告会社の会長でなかつたことは本件において明らかであるが、前記証人草野の証言及び被告桜井本人尋問の結果によれば草野は本件建物の隣りに自らビル(草野ビル)を所有し、被告会社はその一室を事務所として借受けていた関係もあり、被告会社のレストラン経営については草野においても顧客の紹介等多少の応援をした事実もあつて全然無関係というほどではないことを認めるに足りるのみでなく、仮りに草野が真実被告会社の取締役会長であつてもすでに被告会社という別個の人格の存するものであり、しかも取締役会長というもの自体代表取締役の如き会社の執行機関たる地位にあつて事実上会社を主宰するというものとは異なり、会社代表者は別に存するのであつて、これらの事実は当時原告側においても認識していて代表者たる桜井に対し開店にさいし祝意を述べ激励したこともうかがい得るところであるから、これらの事情によつて考えれば草野が被告会社の取締役会長であるとの点は賃借人の向一性を維持するものといいがたいのみでなく、原告が右賃借権譲渡の承諾をするにあたつて多少の誘因をなしたとはいい得てもその向背の決定的な要因をなしていたものとは認めることができない。すなわち錯誤の主張は採用しがたい。また原告は右承諾は草野の詐欺にもとずくから取り消すと主張するけれども、草野が取締役会長である旨申向けたことは虚偽ではあるけれども前認定の事実関係のもとではこの程度のことは世上ありがちの誇張の一種であつつてこれによつて直ちに原告の意思決定の自由を奪つたものというべきでなく、そのことのために原告が右承諾をしたものとは解しがたい。この点の主張も失当である。しからば被告会社は原告に対し現に有効に賃借権をもつて対抗し得ること明らかであるから、原告が所有権にもとずき被告会社に対し本件建物の明渡及び損害金の支払を求めるのは失当である。

次に原告の合意解除の主張につき検討するに、この点の主張にそうような証人榊原滋秧の証言は被告桜井本人尋問の結果及び前認定の事実にくらべて採用しがたく、その他にこれを認めるべき的確な証拠はない。前認定の事実によれば原告主張の合意解除の当時たる昭和三十一年ごろは被告桜井自身はすでに賃貸借の当事者でなかつたことは明らかであるから原告の右主張はその前提において真実の事実関係とむじゆんするのみでなく、右被告桜井本人尋問の結果によれば当時原告から立退料二十万円くらいで明渡してもらいたい旨の申出が原告側から被告会社の取締役である桜井にあつたことはあるが同人においてこれを拒絶したことを認めるに十分である。従つてこれを前提とする原告の主張も失当である。

しからば原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

目録

東京都千代田区有楽町一丁目二番地

家屋番号同町四番

一、鉄筋コンクリート造屋根地下付五階建事務所一棟

建坪 二十三坪七勺

二階 二十三坪七勺

三階 二十三坪七勺

四階 二十三坪七勺

五階 二十三坪七勺

地階 二十四坪六合九勺

屋根 三坪三勺

の内

地階の一室 二十三坪七勺

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